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キリシタンのあしあとを求めて各地を旅してめぐります♪

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 虹色の我愛你(ウォーアイニー) 3


こちらに来てから様々な人と連絡が取れ、徐々にソロ問題が解決されてきています。一人で困るのは、孤独というより言語など(行きたい所に行って、見るべきものを見られるか)なんですけどね。いろんなところに助け手を備えてくださっているように感じて感謝。今日も一日よろしくお願いします☆



朝食はマックで


今朝は食事場所に行ったら、何も用意されておらず、受付の人に「朝食は近所のマックで」とチケットを渡されました。お休みの曜日があるんですね。

コピー機で偽造できそうなチケットを持って、駅チカのマックでモーニングセットを。結構混んでて若い人多いです。雰囲気は日本と変わらないなと思いました。


マックから

地下鉄

駅構内

自由廣場


あさイチで向かったのは中正紀念堂。えーっと、一日目に来たんですけどって感じですが、ここで友人と待ち合わせなのです。

日本で働いているマレーシア人の女の子がいて、私のタイムラインを見て「私も今台北にいるよ!」と連絡をくれたのです。

SNSってすごい。今日も暑いけど、彼女がいれば中国語もできるし(華人)、ラクラクな一日になるかも~。



中正紀念堂の駅

木陰もある

芸術の殿堂

芸術の殿堂

中正紀念堂


・・・と思いきや、会ってみたら、ちょっと勘違いがありました。午後の便で発つので一緒にいられるのは午前中まででした。

彼女は中国にいる彼氏に会いに行った帰りにトランジットで寄っただけで、すぐに日本に戻ってしまうということのこと。

ま、それでも旅の連れがいるのはうれしいもので、記念撮影などを♪

中国語ができても台湾は初だそうで、「中正紀念堂、でか!」と言ってました。


元は日本の軍用地!


この広大な土地は元々何に使われていたんだろう?と思い調べてみたら、清朝・日本統治時代ともに軍が使用していた土地だそう。ここに日本の軍人がいたんですね。。市内中心部の敷地総面積25万m²のこの地は、台湾支配の軍事的背景だったわけで、のちにこのような紀念堂を建てたのももっともなことだと思いました。

しかしほんとに独立できたのなら、こんな個人崇拝的施設ではなく、もっと市民の役に立つものにしても良かったのかも。いかにも「中国」といった感じの、不必要なほど広い(というか、遠い)敷地をそのまま顕彰公園にしていたら、まるで今でも中国の支配下にあるみたいですから。


「一つの中国」?


いや、いやいやいや、ある意味「今でも中国の支配下」にあるのかもしれません。「一つの中国」という問題があるからです。・・・このイシュー、面倒くさいので持ち出さないようにしようかと思いましたが、やっぱり避けて通れないので一通りのことを書きますね (^-^;

「一つの中国」とは、中国(中華人民共和国)の主張で、「中国大陸、マカオ、香港、台湾は不可分の中華民族の統一国家『中国』なのだ」というもの。この考え方が国際社会で一定のコンセンサスを得ているため、台湾は国として認められていないのです。


香港・マカオの「一国二制度」問題


よく香港のデモで出てくる「一国二制度」というのもこれと関連した用語で、中国への依存度の高い香港・マカオに対して、中国が「主権国家の枠組みの中において一定の自治や国際参加を可能とする」ことを認める考え方です。

「一つの中国」を当然の前提とし、経済的な方式だけ「自治を認める」とされたって、政治的な自由はないのだから「自治」と言えるのか微妙ですし、法的な支配を受けている限り、中国政府の政策によって人権が侵害される危険性が十二分にあります。それが嫌だから雨傘運動など、香港で民主化を求める運動が行われているわけですね。

元来「一国二制度」という考え方は、台湾のために構想されたものでしたが、台湾は地理的にも中国と少し離れており、民主化運動も進んだので、今では「一国二制度」の対象として言及されることはありません。でもまだ「一つの中国」構想には絡めとられている状況で・・・。難しい問題ですね。



広い

でかい

記念撮影

台北101


続いて台北101(イーリンイー)へ。台北のランドマークとなっている高層タワーで、地上101階、地下5階、高さは約509メートル。

世界で何番目かに高いんだと思いますが、各地ですぐ高いの建っちゃうから、もう何番目とか調べません笑。

せっかく中国語できる人いるのに、典型的な観光地なので英語と日本語表記全部ついてます。

世界最速(建設当時)だというエレベーターで89階の展望ロビーまで約40秒で到着。そこから階段を使って、91階の屋外展望台まで行けるみたいです。あれ、最上階の101階には行けないんですね?



ビル内

エントランス

エレベーターで上へ

世界最速エレベーター


展望ロビー


展望ロビーのマスコットガール(←)。こういうキャラ好きなのはアジア共通ですね。ここは日本かと思ってしまう。

ぐるりと回りながら台北市内を見渡せるようになっています。

入場料が結構高いので(日本円で2千円くらい)、展望ロビーまで来る人は少ないようで閑散としています。



台北市内


見下ろすと、街の姿に台北101の影。

すがすがしい気持ちになります。

神様はこんな風に世界を見てらっしゃるのかな。

地平線が丸く見えますね。地球が丸いことを確認☆



台北市内

空が近い

展望ロビー

街が広がる

お土産屋


展望ロビーにお土産屋と郵便ポストという組み合わせは万国共通のよう。地元、横浜のランドマークタワーを思い出しました。

こういう有料のタワーに記念で登るのは外国人が多いようで、それも万国共通かと。

私も誰かを案内するときでなければ、東京タワーとか登りませんしね。スカイツリーなど見たことしかありません (;^ω^)



模型

キャラクター

周囲の建物

展望ロビー

ダンパー


ぐるりと360度の景色を楽しんでから、真ん中の展示室に入っていくと、大きな球体が。

むき出しで鎮座してますけど、これがタワーの制振装置のダンパーなんだとか。

丸いキャラクターは、これをモデルとしたダンパーベイビー。アニメーションで制振装置のことを説明してくれました。へええ。





ダンパーベイビー

説明

ダンパー

ダンパーの大きさ

制振ダンパー


一つ階を下りると、真正面からダンパーを見ることができます。

タワー全体を司る巨大な脳みそのような感じがして、ちょっと怖いかな。。

見ていると、建造物が何だか生き物のように思えてきます。

周りには制振ダンパーを使用した世界の高層ビルの解説パネルが。ニューヨーク以外では、マレーシアのペトロナス・ツインタワーと横浜ランドマークタワーが紹介されていて、マレーシア人と日本人でこれを読んでいるのってレアかなと思いました。



ダンパーを使用

ペトロナスタワー

トランプタワー

ランドマークタワー

一番上


階段で一般の人が上れる最上階へ。風が強いです。一瞬で撮れなかったけど、上空を鷲が飛んで行きました。

人間がテクノロジーを駆使して高層タワーを建てたのに、更に上を動物は飛んで行くんですね。

眺めも素晴らしいですが、自然のすごさにも脱帽。





眺め


屋外展望階

シアター


シアターも備えられていたので、観てみることに。せっかく2千円も払ったのだからと、詳らかに見て回ろうしている自分に内心呆れながら。

上映されている映像は2本で、工事の様子を紹介するものと、タワーのきれいな姿を収めたもの。

↓はきれいな姿の方ですが、タワーから花火をじゃんじゃん打ち上げていて、火事みたいになってます@@
他に人がいなかったので、2人でしゃべってます。




サンゴの展示


もう十分見学したな~と思ったので、帰ろうと下りると、一つ下の階にサンゴの展示がありました。素敵です~。

台湾って、そんなにサンゴ礁のイメージないですが、サンゴ採れるんですね。

こういうの中華系の人たち好きそうです。私も好きですけど (o^^o)ウフ



世界で最も高い宝石珊瑚海景


展示室の真ん中にある「世界で最も高い宝石珊瑚海景」が、こちらの目玉のよう。

大きさもさることながら、形が美しいです。

隣には「鳥の王者」と題されたサンゴのアート作品が。さっき見た鷲ですね。横顔が精悍。元のサンゴはどのくらい大きかったんだろう。



解説板


サンゴ

展示室

玉の作品も


サンゴだけでなく、玉で作られた作品もありました。

これも私が好きなやつ。中華系の人たちも好んで買い集めるであろう物。

元の石の質の良さにも、作った人の技巧にも感嘆。ため息が出ます。



玉の作品

サンゴ

仏頭

サンゴの作品

作品

作品

作品

サンゴ

サンゴのアート


サンゴは1年にセンチくらいしか成長しないので、この大きさになるには何百年もの時間がかかっているはず。

特に赤いサンゴ(紅珊瑚)は高級品で、宝飾品なっているのは見たことあるけど、アート作品になっているものを、これほどたくさん見るのは初めてです。

アート作品の方には値札は付いてないけれど、出口に進んでいくとサンゴのアクセサリーや置物を売るショップになっていて、手頃な価格の品々が並べられていました。あ、そーいうことね~と、やっと理解できました。展示即売会みたいな感じなんですね。お土産として買っていく富裕層もいることでしょう。こういう流れも、有名観光地にはありがちですね。



アート

アート

サンゴ

サンゴ作品

サンゴ

サンゴ

手頃な価格帯

グランドハイアット


台北101の下の階にはオフィスのほかカフェやレストランが入っていて、タワーの眺め以外も十分楽しめます。ビルの二階からは、信義エリアの各デパートに連結する渡り廊下が伸びていて、雨でも傘なしで移動できます。

もちろん駅も外を歩かずに行けるのですが、どこにいるかわからなくなるので外に出てみました。大型の本屋を通って、次なる待ち合わせ場所に向かいます。



日本食


ここからはマレーシア人Lちゃんが帰ってしまうので、彼女の友達に私を紹介してくれました。

自己紹介も兼ねてお昼ご飯をということで、日本食のカフェへ。日本の調味料と体にいい自然食材を使っていて、オシャレなおふくろの味といった感じ。ここがどこか忘れるほどです。

紹介されたIちゃんが話すのが中国語と英語で、少々不安がよぎりますが、「日本が好き!」ということで、くまモンのイヤリング見せてくれました。うん、楽しくなりそう。これも旅の醍醐味なのだわっ。



台北科技大


Lちゃんが私のことを、「台湾にある大学に興味がある人」として紹介したらしく、カフェを出て向かったのは台北科学技術大学。

そして次は台湾科学技術大学。名前超似てる。キャンパスの雰囲気も。。

「ここが講義棟」としっかり案内してくれるのだけど、構内にわんさか熱帯の植物が生えていることの方に目を奪われます。

暑いので途中でタピりました。日本でも流行っているけど、それ以上みたいですっかり根付いてますね。



台北科技大

台北科技大

タピオカミルクティー

台湾科技大

台湾大学


それからやっぱり台湾で大学と言えば台湾大でしょうということで、台湾大学リピート。昨日も来たんだけどね。。

でも今日の方が天気も良くて、写真もきれいに撮れました。建物の中にも入ったりして、交互に記念撮影したり。

もっと印象が良くなるために二度目来させてもらったのかもしれません (*^▽^*)



構内のショップ

ヤシの木

ホール

バスに乗って


今度はバスを2本乗り継いで文山区へ。そちらにある国立政治大学に向かうということで。

「もう大学は大丈夫~」と言おうとしてましたが、政治大学なら行ってみたいです。そこもトップレベルの名門校で、歴史も古いと聞いているので。

市民の足であるバスに乗るのも、私的には結構うれしいアトラクション。途中、Iちゃんの出身校の前を通りました。実はIちゃんは警察官で、市内唯一の警察学校だそう。警察官って、初め聞いた時は冗談かと思いましたけど、警察はハードな警備だけでなく、観光客の対応等もあるので、女性警官が増えているそうです。


台湾と新渡戸稲造


台湾とクリスチャンというと、私にとっては新渡戸稲造なので、街を通っていても自然と思い浮かびます。ここを通ったことあるのかな?とか。新渡戸は1901(明治34)年から3年半ほど台湾で総督府技師、民政部殖産課長、臨時台湾糖務部長などの職にありましたが、日本や他の海外と行ったり来たりで台湾に滞在している期間はあまり多くありませんでした。

だけれど全島をくまなく視察し、台湾に合った甘藷の品種選定や砂糖に製造するのに必要な機械、その燃料や人的資源に至るまで考え抜いて意見書を提案し、殖産興業に果たした役割は大きかったことは昨日も書きました。しかし新渡戸の提案が受け入れられず、うまくいかなかった点もあります。


新渡戸の提案


それは新渡戸が意見書で、糖業の利益は協同組合を作ってできるだけ農民に還元するようにと、何度も念を押して主張したにもかかわらず、その策だけは容れられなかったことです。巨額の税金を投じて造られた工場は民間資本家に払い下げられて、利益は農民に渡りませんでした。

そのため、せっかくの殖産興業が台湾人の生活向上に結びつかず、台湾人による自治が全く進まなかったと、新渡戸の弟子である矢内原忠雄が指摘しています。矢内原もクリスチャンで、台湾人の人権が守られるべきだと考えており、台湾人による新聞発行を日本政府が許さなかったと批判していました。

全ての人がそうだったわけではないでしょうけれど、日本統治時代であっても台湾とそこに住む人のことを考える人がいたことは、台湾における日本の好印象につながっているのではないかと思います。




警察学校

国立政治大学


来ました、国立政治大学。こちらは台湾大学設立の1年前、1927年5月に南京で設立された南京国民政府中央党務学校が前身です。

「南京国民政府」ですから、当時南京にあった国民政府(一般に言う「国民政府」の概念と違い、中国国民党による政府という意味)が設立したということですね。

新しい校舎からはそんな歴史的な雰囲気は漂ってきませんけど、構内を歩いていたら大学図書館の名前が「中正図書館」となっていました。蔣介石が初代学長で、その後終生名誉学長となったからでしょう。公園や空港から「中正」が消えても、ここからは消えなさそうですね。

緑の多いキャンパスは伸び伸びさした雰囲気で、外国からきた留学生も多いようでした。台北市内でも文山区という少し郊外にあるから勉強に集中できそうです。体育館は↓のような感じでした。





中正図書館

構内

運動場

体育館

文山区の街


蔣介石は日本とゆかりの深い人物。日本の砲兵学校で軍事教育を受け、日本に亡命した際には日本政財界による支援で清朝打倒を目指しました。

蔣介石の写真を検索していたら、和装の写真もあれば、有馬温泉でのスナップショットも(これが宋美齢との結婚の許しを得るために、宋家に送られた)。吉田茂や犬養毅と写っているのは、彼らとの人脈を物語るものですね。

孫文も日本に亡命し力を蓄えたので、孫文を国父と仰ぐ台湾にとっては、日本は孫文と蔣介石2人を支援してくれた国ということになります。政財界の者たちが2人の支援したのは各々の思惑と利益のためであって、必ずしも台湾人のことを考えたわけではありませんでしたが、中華民国を利することになったことは確か。その意味でも、台湾の人の中に親日の情が浮かぶということが、多少はあるのかと推察されます。


台湾の未来・・・


移動時間が長かったので、生粋の台湾人Iちゃんと話す時間が持てました。難しい言葉はスマホに漢字を打ち込んで見せ合うという、現代版の筆談で。そこで台湾の未来について話していたんですが、なかなか難しいというイメージを持っているようでした。経済はともかく政治的に、中国との関係が。

また私は無神経に「中国語」と言っちゃってますが、厳密には台湾で話されている「国語」と言う方が良さそうだと気付きました。実際発音も若干違い、使う漢字も違うのです。台湾では繁体字と呼ばれる中国や日本で古くから使われている文字が使われますが、中国では画数を大幅に減らした簡体字

だから筆談なら、台湾&日本の方が通じやすいです。これは国民党の蒋介石が自らを中国文化の庇護者と自認していたから繁体字を使ったのに対して、中国では農民の識字率の低さから、簡体字を採用するようになったので起こった現象。パソコンで使うキーボードも、入力方式が異なるので、相互利用ができないそうです。

近い国ほど遠いということが、ここでもあるんだなと思いました。近ければぶつかることが多く、そのため一緒に歩むことが難しいということですね。またどんなに近くてもアイデンティティはそれぞれ持っているものだから、お互い侵害してはいけないわけで。未来、明るくなってほしいですけど。



バス停

車中

バス

MRT

コンビニで


帰りはバスからMRTに乗り換えることにして、MRT駅まで送ってもらって別れました。日本での再会を約束して (*´ω`*)

別れ際に台湾名物パイナップルケーキの桜バージョンをもらいました。案内するのにお土産まで用意してくれてたんですね。

こういう心遣いも日本人と近いなと思いました。私の方は手ぶらで行っちゃったので、近いとか言えるのかわかりませんけど。。有り難くいただいて、夕飯はコンビニ(ファミリーマート)の海老ドリアを。いつもの味がそこにあるって安心ですね。今日は早く帰って来たから湯船はって入ろっと。



宿のエレベーター

パイナップルケーキ



現地に飛べ


何かを知るためには、できることなら現地に飛ぶのが良いですね。わかりきったことですが、なかなかできなかったりします。もっと下調べしてからと思っていると、いつまで経っても行けないし。

今回は台湾という、近くて治安のいい所だから来やすかったけれど、それでも自分一人でとなるとハードル高かったです。「別にこの夏に行かなくてもいいんじゃないかな」という考えが浮かんできて。確かにその通りなんだけど・・・。

その通りなんだけど、思いきって行っちゃうことが時に必要なんだろうと思いました。下調べも計画も十分に出来てなくても、行ってから探せば、拓けてくる道もあるようだから。

明日も午後か夕方から合流できそうな人が現れました。心配し出したらキリがないので、とりあえずしっかり寝るとします☆彡





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