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キリシタンのあしあとを求めて各地を旅してめぐります♪

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 蒼き切支丹回廊 10


10日に及ぶ九州旅行の最終日は、飛行機の時間まで宮崎の中心部を回る予定。こんなに長い一人旅は学生時代のヨーロッパ以来でしょうか。その時のことを思えば今回ははるかに恵まれていますね。各地で人に会い、助けてもらって。感謝で締めくくれますように~☆


宮崎最終日


今日も快晴。まだ3月なのに「初夏」という言葉が浮かぶような空の色です。

駅前のコインロッカーに荷物を入れ、身軽になって博物館行きのバスに乗ります。

車窓を眺めていたら、偶然通りかかって、おっ!と思ったのが宮崎大宮高校。あっという間に通り過ぎたので写真は撮れませんでした。いつも備えておかねばですねぇ;;

この学校には新渡戸稲造が訪れて講演したことがありますね。1908(明治41)年2月のことで、当時は宮崎中学校という名称でした。演題は不明ですが、豆腐の話をしたそう(豆腐を食べて体格をよくしないといけないとか、豆腐屋になろうか迷ったという話)。いきなり豆腐って、ちょっとシュールですけど。

宮崎大宮高校の前は宮崎神宮。それで「大宮」高校なんですね。私の友人がここ出身なんですが、創立から130年も経つ優秀な学校みたいです。



宮崎県総合博物館


着きました、宮崎県総合博物館。宮崎神宮から徒歩圏にある県立博物館です。県内の主だった文化財はここに集められているんでしょうね。

案内マップによると、博物館裏手には民家園があるよう。敷地内には彫刻作品と石棺などの野外展示もあるようですね。

今日は時間があるので、ゆっくり見ていきましょう (^▽^)/



舟越保武「原の城」


博物館に行くと、入口手前に見たことがある彫像が。

おおう、舟越保武の「原の城」です。

これ以前展覧会で見て、あまりの迫力に凍りついた覚えがあるんですけど、ここにもあったんですね。

口からふっと最期の息を吐き出して、霊魂が抜けた瞬間のまま冷凍保存されたかのような立ち姿。見る者を一気にあの戦場に運んでしまう力があります。目が空洞になっていて、埴輪状なのが・・・何と言っていいのか、凄まじいですね。




常設展示


常設展示は自然、歴史、民俗の三分野に分かれていて、ビジュアル的にもよく考えられています。展示業者さんの手が入っているんですかね。

宮崎でしか見られない動物・植物は興味深いです。特に植生は、関東辺りとはまったく違うんだなと思いました。



歴史展示室


歴史展示室にやって参りました。私は100%伊東マンショ狙いなのですが、旧石器から縄文、弥生、古墳時代と辿って行くのも楽しいものです。

この地に流れた1万数千年を一気に俯瞰していると、人の一生って何なんだろうと思ってしまいます。それも歴史からの語りかけなんでしょうね。



地下式墳墓


本物かと思ってしまうほどリアルな、古墳時代の地下式墳墓。

家族が亡くなる度に掘り返し、埋葬されていったのだとか。いわゆる追葬ですね。切妻屋根なのが、家族で眠ってるって感じです。

古代人の骨を調べると、宮崎は渡来人の影響が少なく、縄文人の特徴を色濃く残しているのがわかるそう。面白いですね。



日向国


やがて日向国が誕生するのですが、発掘された瓦などを見ると、トンデモ歴史学者が「原始キリスト教の影響だ!」と言い出しそうな花文様があります。

古代人の副葬品の中にも土偶と一緒に十字型の物が見つかっていますから、そういう人たちが知ったら「宮崎には原始キリスト教か、はたまた景教が伝わっていた」とか言い出しそうです。

自分の考え通りに結びつけるのでなく、こういう物を見て、「どこにでもあるんだな」と感じてほしいんですけどね。花の形も世界共通で、十字もとても単純なマークなので、世界各国いろんな場所で見つかっています。花文様がある度「景教!」、十字があれば即「キリシタン!」というのは、もうやめてほしいなと思います。



「日向の戦国時代」


マンショマンショと探していても一向に見当たらないから不思議に思っていたのですが、「日向の戦国時代」と題された映像の中に少しだけ出てきました。

豊後落ちのところにほんの一瞬だけ。

だけど映像自体はとてもわかりやすくて、1560年代から80年代にかけての激動の日向国をおさらいするにはもってこい。良い映像を作ってくれてありがとー♪



マンショ、一瞬( ;∀;)


自分もしっかり理解しなくちゃと、映像を2回見ましたが、伊東マンショの出番はやっぱり一瞬。

「その中にいた」っていうだけですし。。

しかしマンショの活躍は日向国をめぐる戦いの中で描かれるものではないので、涙を飲みましょう。



大友宗麟


大友軍が敗退した後、秀吉が九州征伐に乗り出して、「日向の戦国時代」は最終章に至ります。

再び戦場となった高城。今度は豊臣軍が勝ち、島津義久は降伏しました。

その後国割りがされて、現代まで続く領域の基礎となったということですね。

あー、それでもやっぱり、「日向の戦国時代」とは別の映像とかで伊東マンショのことを取り上げてほしいですね。世界を歩いた宮崎人なのですから (^_-)-☆




宮崎県の設置


幕末から明治、宮崎県の設置のところでは、宮崎県が一時鹿児島県に併合されたことを知りました。

だから西南戦争には西南軍側で参加したそうで。西南軍が負けてからは大変だったことでしょう。

その地域に行くと、その地域から見た日本史が読めてくるんですね。「西南戦争」と言った時のイメージは、宮崎と他の地域とでは随分と違うように思います。



昭和レトロな


歴史の大筋とも、宮崎特有の文化でもないけれど、昭和の展示コーナーは掛け値なく楽しめるものでした。

アルプスの少女にキティちゃん、ボードゲームなど、懐かしさで甘酸っぱい気持ちになります。私も昭和の人間だなぁと認めるしかありません。

こんな展示で見ると、いい時代としか思えなくなりますが、ほんとは戦争ばっかりの大変な時代だったんですよね。。



みやざきの郷土先覚者


みやざきの郷土先覚者というコーナーには石井十次関係の展示も。

文化公園内に先覚者の像があるそうなので、これは是非見てみなければ!

広い公園のどこにあるかをしっかりチェックしました。



宮崎の神楽


宮崎の神楽という展示ルームでも、映像を観たりゆっくり過ごしました。

旅の疲れが出たのか、もうあんまり動きたくないんですよね。

それから神楽という伝統文化も面白いものだと思って。

宮崎(の高千穂)は天孫降臨の地と言われるだけあって、神道や神話との関わりが強いですね。来てみて、それをすごく感じるようになりました。



石棺


外に出て、今度は野外展示を見学。特別展に合わせたネコのパネルもありました。

古墳時代の箱型の石棺に、凝灰岩をくり抜いた石棺、縦長の箱型石棺など、どんな人が埋葬されていたんでしょうね。

1500年くらい経ってもこれくらいしっかり残る石棺に葬られたんだから、身分の高い人だったんだろうな。



民家園


民家園は春うらら

里山の穏やかな風景そのままに。

ベンチに座ってお茶休憩。

こういう所ではのんびりしたいです。


別館


こちらは博物館の別館なんでしょうかね。より考古学っぽい展示がされていました。

博物館実習とかもできそうな。

遺跡からのはぎ取り資料とか興味津々になりました。なんと落とし穴だそうで。

古代人の暮らしぶりがうかがえて想像がふくらみます☆



宮崎神宮


今日は・・・時間余るんですよね。計画している時に欲張って夜8時の便にしてしまったので。

でも一人で公共交通機関で回るとなると行ける所にも限界があって、情報も不足気味。中心地で博物館などをめぐるしかないわけで。

美術館に向かう途中で宮崎神宮を横目でちらり。入ってないけど、大きそうですね。そっかマンショはこういう天孫降臨神話のある地で生まれ育ったんだ。。



宮崎美術館


宮崎美術館に到着。絵も好きなので、余裕を持って見られるのはうれしい限り。

こちらの美術館には、写真を撮っていい作品があり、マークが付いています。こういう所珍しいです。

地元出身の画家の映像も上映していたので観覧しました。足が疲れて、座れる所を探し求めているというのもあり・・・。



ランチ


絵を見終えて、館内でランチ。障がい者の自立支援をしているお店のようです。パスタランチはリーズナブル。ちょっと頭痛がしてきたので、お水でクールダウン。



石井十次像


これだけは見ておかなければならないと、力を出して石井十次像まで来てみました。公園広くていいんですけど、像まで歩くにはちょっと...でした (;´∀`)

こちらの石井十次さんは子供たちを連れていて、いい感じです。

でも体力がないと何事も楽しめませんね。普段健康であることをもっと感謝しなければと思いました。



公園


図書館もあったので入っていき、伊東マンショ関係の本を渉猟。地元ならではの出版物でもないかと思って。

雑誌「マンショ」が全号揃っていました。宮崎以外ではなかなか揃わなさそうだから貴重です。

しかし・・・もう行く所が思いつきません;;

宮崎神宮は近いけど、結構歩かなきゃいけなさそうで無理。仕方ない、早く空港行って本でも読んでいようと思っていたら着信が。二日間お世話になった高田先生でした。「仕事が終わったから、お茶でもしましょう」と。わー、ありがとうございます。




再びお宅へ☆彡


皇宮神宮


ケーキを買って奥様のいらっしゃるお店に寄り、お宅に向かいつつ、近所にある皇宮神宮に連れて来ていただきました。

宮崎神宮の大本となる摂社だそうです。本殿には金色に輝く菊の御紋。

それくらい由緒正しい神宮だからか、敷地内に「皇軍発祥之地」碑がありました。「皇軍」って、天皇が統率する軍隊という意味ですよね。その発祥地碑が今も建っているとは知りませんでした。

宮崎って、瞬間瞬間、天孫降臨や天皇中心の時代にふっと飛ぶような感覚があります。来てみなければ感じられなかったことを、実体験させてもらいました。日本が消化しきれていない歴史が、様々な地域に今も残っているような気がします。



宮崎空港


便に合わせて空港まで送ってくださり、たくさんの本とお土産までいただきました。

もう九州には足を向けて寝られません。

なかなか宮崎までは来られないと思っていましたが、来て帰る段になったら、どこよりも近くなっていました。

旅の思い出をいつまでも感謝と共に心に抱いていきたいと思います。





終わりは始まり


江戸の終わりが明治の始まりだったように、一つの旅の終わりが何かの始まりになるような気がします。それくらい今回の旅行で、私が学ばせてもらったことが多いということです。

人から習うことがあり、その場所に行って感じることがあり、訪れながら資料を読むことで理解が深まることがありました。すべてが実体的な学習だったなと。

人は人から一番大きな感動を受けるから、人から教えてもらうことで自分が変化できるという面があるんだと思います。たった一人で乗り込んだことで、助けを受けるしかなく、受けて有り難く吸収させていただきました。

これから九州で災害があったりしたら、自分のことのように心を痛めると思います。人とつながることは世界が広がることであり、愛する範囲が広くなることなのかもしれません。

今日の終わりは明日の始まり。もう少し大きな、成長した自分になって、これからの旅も楽しく歩んでいきたいです╰(✿´⌣`✿)╯






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