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キリシタンのあしあとを求めて各地を旅してめぐります♪

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 燃えさかる岐阜 vol.3


 本日の主な訪問地


岐阜城
信長居館跡
崇福寺
加納城跡
杉原千畝記念館










金華山



萬松館




信長像




金華山ロープウェイ



岐阜城




資料館




天守より





信長居館跡




板垣退助遭難の地




見出し

写真の説明を記入します


法久寺


法久寺は、洞戸から20キロ以上も南に離れた場所にあるのですが、洞戸の
尾倉地区の多くの家が、ここ法久寺(浄土真宗本願寺派)の檀家となっています。

 洞戸地域には臨済宗妙心寺派の寺院が多くあり、浄土真宗の檀家が固まって
存在するのは尾倉地区だけです。江戸時代、キリスト教の禁止で、幕府の隠れ切支丹への取り締まりが厳しく行われていた頃、尾倉地区にもキリスト教を信仰する者が居て、多くの民が隠れ切支丹として処刑にされようとした時、岐阜長良にある法久寺住職宗雲が来て、「尾倉地区の民百姓はすべて我が法久寺の檀家であり、切支丹は一人もいない」と宣言して尾倉地区の人たちを助けたため、以後、この地区に住む者は皆、法久寺の檀家となったとの言い伝えがあるそうです。 



崇福寺


信長父子の廟所。織田秀信の家臣38人が腹を切った時の血天井がある。


信長父子の廟所




カトリック岐阜教会




加納城跡


家康の長女亀姫を室とした奥平信昌が初代城主。岐阜城の天守を移築した。1612年城主奥平(のちに松平)忠政が受洗。加納城下にはキリシタンが多くいた。



本丸跡に残る土塁





八百津の杉原千畝記念館へ


杉原千畝記念館




臨川寺


マリア像?キリシタン墓碑?


蔵之内共同墓地


佐光家墓地内の船形地蔵。胸に十字架が陽刻。太田村にキリシタンがいた。



スズメ



帰路












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