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キリシタンのあしあとを求めて各地を旅してめぐります♪

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 蒼き切支丹回廊 6



 本日の主な訪問地









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河内浦城跡を皮切りに、崇円寺、天草コレジオ館、みなと屋、崎津墓地、崎津教会、崎津諏訪神社、今富神社、大山大神宮、根引の子部屋、大江教会、国照寺、志岐城跡、トルレス神父記念公園、天草四郎乗船の地碑など。一生のうちに行きたい所リストin天草がかなりコンプに近付きました。コレジオ館では活版印刷機を動かしたり、竹のパイプオルガンを弾かせていただく


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河内浦城跡




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崇円寺




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コレジヨ館




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天正少年遣欧使節団




活版印刷機




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竹製パイプオルガン




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一階に戻り




崎津集落




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崎津教会



崎津資料館みなと屋




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二階




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興味深かったのは崎津集落にある墓域。山の斜面を上ると墓の年代が古くなっていき、天草崩れのあった1805年まで十分遡れました。前日にレキバナで「完全に仏教式の墓にキリシタンが葬られた場合、その墓をキリシタン墓と言うのか?」という問題提起がされていて、「被葬者がキリシタンならばキリシタン墓と呼べるだろう」という話だったのですが、正にその典型を見ました。すなわち、天草崩れの資料により、キリシタンだと判明している者が完全に仏教式に葬られてる墓です。


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中山氏が当然のように道なき道を行き、山中に散乱する石造物で鬼気迫る雰囲気さえ漂っている中で、「こちらが···」としれっと説明したのには脱帽。学芸員さんてすごいんですね。何か超越してるとこあるかと(汗)


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一部露出していた墓碑を市の文化財課で発掘したところ、完全に仏教式の墓の、基台がずれ落ちた箇所に十字が刻まれていたケースもあり、それも現地で直接確認できました。キリシタン墓の可能性があるということですね

十字!




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元々崎津教会があった所



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崎津諏訪神社




崎津教会を望む




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今富へ


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今富神社




今富川のクレソン




大山大神宮


大山の神社周りの風景も心に残りました。内部に祀られている人物像を見に行ったのですが、人々に大切にされている様子や、山里の素朴な風景が、何とも良いものに感じられて。

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この像の前で手を合わせて、幸いを願った人たちがいたことが、キリシタンだとかそうでないとか分類することよりも大切なのではないかと。

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根引の子部屋



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大江へ参ります☆


大江教会




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二江



国照寺




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志岐城跡




トルレス神父記念公園




天草四郎乗船之地




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